特許制度は、革新的な発明を保護し、技術の進歩を促進するために存在しています。
しかし、すべての発明が特許を取得できるわけではありません。
特許を取得するためには、いくつかの重要な要件を満たす必要があります。
特許取得のための一般的な条件
特許法では、特許を受けることができる発明について、以下の条件を定めています:
- 産業上の利用可能性: 発明が産業として利用できること。
- 新規性: 発明が先行技術に対して新しいものであること。
- 進歩性: 発明が当業者にとって容易に想到できないこと。
- 先願主義: 同一の発明について最先の出願であること。
- 明細書の記載要件: 発明の詳細な説明が明確かつ十分に記載されていること。
- 公序良俗に反しないこと: 発明が公序良俗を害するおそれがないこと。
これらの条件のうち、特に重要で、かつ判断が難しいのが「新規性」と「進歩性」です。
本記事では、これら二つの要件について詳しく解説していきます。
特許における新規性:独創的なアイデアの証明
新規性は、特許を取得するための最も基本的な要件の一つです。
簡単に言えば、新規性とは「その発明が世界中のどこにも存在しないこと」を意味します。
新規性の判断基準
- 公知性: 特許出願前に、その発明が公に知られていないこと。
- 公用性: 特許出願前に、その発明が公に使用されていないこと。
- 文献公知性: 特許出願前に、その発明が刊行物に記載されていないこと。
これらの基準は、国内外を問わず適用されます。
つまり、日本国内だけでなく、世界中のどこかで公知となっていれば、新規性は失われてしまいます。
慣れないと意味がわかりずらいですが、要は特許を申請する前に該当技術が世の中に公開されていないことが重要です。
新規性喪失の例外
ただし、新規性喪失には例外があります。例えば、発明者自身が学会や展示会で発表した場合、一定期間内(通常6ヶ月以内)に特許出願すれば、新規性を失わずに済む「グレースピリオド」という制度があります。
新規性を確保するためのベストプラクティス
- 早期の特許出願: アイデアが固まったら、できるだけ早く特許出願することが重要です。
- 秘密保持契約の活用: 発明を第三者に開示する必要がある場合は、必ず秘密保持契約を結びましょう。
- 公開前の特許調査: 自身の発明が本当に新規であるか、事前に特許データベースで調査することをお勧めします。
参考となる特許データベースへのリンクを下記に記載します。
特許における進歩性:技術革新の証明
進歩性は、新規性と並んで特許取得の要となる要件です。
進歩性とは、その発明が「当業者」(その技術分野の平均的な知識を持つ人)にとって容易に思いつくものではないことを意味します。
進歩性の判断基準
- 先行技術との比較: 既存の技術(先行技術)と比較して、どのような技術的進歩があるか。
- 課題解決の非自明性: その発明が解決する課題が、当業者にとって自明でないか。
- 予想外の効果: その発明が、予想を超える効果や利点を持っているか。
進歩性を主張するためのポイント
- 技術的課題の明確化: その発明が解決しようとしている技術的課題を明確に説明すること。
- 解決手段の独自性: 課題を解決するための手段が、既存の技術の単なる組み合わせではないことを示すこと。
- 効果の具体的説明: その発明がもたらす効果や利点を、具体的かつ定量的に説明すること。
進歩性が認められやすい発明の特徴
- 技術分野の異なる要素の組み合わせ: 異なる技術分野の要素を組み合わせて新たな効果を生み出す発明。
- 長年の課題解決: その技術分野で長年解決されていなかった課題を解決する発明。
- 従来の常識を覆す発想: その技術分野の常識や定説を覆すような発想に基づく発明。
e-Gov 法令検索の特許法より
第二章 特許及び特許出願
(特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
特許法第29条第1項:新規性 特許法第29条第2項:進歩性
新規性と進歩性の相互関係
新規性と進歩性は、密接に関連しています。新規性があるからといって、必ずしも進歩性があるとは限りません。一方で、進歩性がある発明は、通常新規性も備えています。
新規性と進歩性の違い
- 判断の基準: 新規性は「同一性」で判断されるのに対し、進歩性は「容易想到性」で判断されます。
- 比較対象: 新規性は単一の先行技術との比較で判断されますが、進歩性は複数の先行技術を組み合わせて判断されることもあります。
- 要求される創造性の度合い: 新規性は「新しいこと」を要求しますが、進歩性はそれに加えて「創造的であること」を要求します。
特許戦略における新規性と進歩性の重要性
新規性と進歩性は、単に特許を取得するための要件というだけでなく、企業の知的財産戦略において重要な役割を果たします。
強い特許ポートフォリオの構築
- 広い権利範囲の確保: 新規性と進歩性が高い発明は、より広い権利範囲を主張できる可能性があります。
- 競合他社の参入障壁: 強力な特許は、競合他社の市場参入を阻止する効果があります。
- ライセンス収入の可能性: 高い新規性と進歩性を持つ特許は、ライセンス供与による収入源となる可能性があります。
研究開発の方向性の指針
- 技術トレンドの把握: 新規性・進歩性の高い特許を分析することで、その技術分野の最新トレンドを把握できます。
- 研究開発の焦点の絞り込み: 新規性・進歩性の観点から有望な研究テーマを特定し、リソースを効率的に配分できます。
- オープンイノベーションの機会: 他社の強力な特許を分析することで、共同研究や技術提携の機会を見出すことができます。
特許出願書類における新規性・進歩性の主張
特許出願の際、新規性と進歩性を効果的に主張することが重要です。
以下に、出願書類作成時のポイントをまとめます。
明細書作成のポイント
- 背景技術の詳細な説明: 先行技術の問題点や限界を具体的に述べることで、自身の発明の新規性・進歩性を際立たせます。
- 発明の効果の強調: 予想外の効果や従来技術では得られなかった利点を具体的に記載します。
- 実施例の充実: 多様な実施例を記載することで、発明の応用可能性と進歩性を示します。
クレーム作成のポイント
- 適切な権利範囲の設定: 新規性・進歩性を損なわない範囲で、できるだけ広い権利範囲を設定します。
- 多層的なクレーム構造: 広い範囲のクレームから詳細なクレームまで、多層的な構造にすることで、権利の安定性を高めます。
- 機能的表現の活用: 適切な場合、構造ではなく機能で発明を特定することで、より広い権利範囲を確保できる可能性があります。
新規性・進歩性の判断における最近のトレンド
特許審査の実務や判例の蓄積により、新規性・進歩性の判断基準は常に進化しています。
最近のトレンドとしては以下のようなものがあります。
- AI・IoT関連発明の扱い: 人工知能(AI)やIoT関連の発明において、どのように新規性・進歩性を判断するかが注目されています。
- データ構造やGUIの保護: ソフトウェア関連発明において、データ構造やグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)の新規性・進歩性をどう評価するかが議論されています。
- 進歩性判断の厳格化: 一部の国では、特許の質を向上させるために進歩性の判断基準を厳格化する傾向が見られます。
国際的な視点での新規性・進歩性
グローバル化が進む中、国際的な視点で新規性・進歩性を考えることが重要です。
- 各国の判断基準の違い: 新規性・進歩性の判断基準は国によって微妙に異なります。主要国の基準を把握しておくことが重要です。
- PCT国際出願の活用: PCT(特許協力条約)を利用することで、複数国での権利化を効率的に進めることができます。
- グローバル特許戦略: 重要な市場国を見極め、それぞれの国の特許制度に適した出願戦略を立てることが求められます。
新規性・進歩性を高める研究開発のアプローチ
特許取得を見据えた研究開発を行うためには、以下のようなアプローチが有効です。
- 技術動向の継続的モニタリング: 定期的に特許データベースを調査し、最新の技術動向を把握します。
- 異分野技術の積極的取り入れ: 自社の専門分野以外の技術にも目を向け、新たな組み合わせの可能性を探ります。
- ユーザーニーズの深掘り: 表面的なニーズだけでなく、潜在的なニーズを掘り起こすことで、革新的な解決策を見出す可能性が高まります。
- 失敗からの学習: 一見失敗と思われる実験結果からも、新たな発見が生まれる可能性があります。
まとめ:新規性と進歩性の追求が技術革新を加速する
特許制度における新規性と進歩性の要件は、単なる法的要件ではありません。
これらの要件を追求することは、技術革新そのものを推進する原動力となります。
新規性は私たちに「まだ誰も思いつかなかったこと」を考えるよう促し、進歩性は「どうすればより良い解決策を生み出せるか」を追求させます。
特許取得を目指す過程で新規性と進歩性を意識することは、研究開発の質を高め、真に価値ある発明を生み出すことにつながります。